突然ですが、あなたは自分の死について考えたことがありますか。
私は84歳の5月に死ぬと予測されています。
なぜそんなことがわかるのか。
それはアガスティアの葉に書かれていたからです。
2013年、私は自分の運命を知るために単身インド・チェンナイへと向かいました。
今日はその衝撃的な体験を赤裸々にお伝えします。
アガスティアの葉とは何か。
古代インドの聖者アガスティアが人類の運命をパルミラヤシの葉に記したとされる神秘の書物です。
「まさかそんなものがあるわけないでしょ」
そう思うでしょう。
私も最初は半信半疑でした。
しかし友人たちが次々と体験してきた驚愕の事実を聞き、ついに好奇心が勝ったのです。
当時の私はフォトグラファーとしての転機に立っており、人生の方向性に深く迷っていました。
フジフォトコンクールで金賞を受賞する前のことで、経済的にも精神的にも不安定な時期でした。
「この先、いったいどうなるのか」
その答えを求めるように、私は30万円もの大金を投じてこの旅を決行しました。
チェンナイ空港に深夜到着すると、ガイドのビシュト氏が待ち構えていました。
街は想像以上に混沌としており、汚れや貧困が目立つ中、ホテルの清潔さだけが唯一の安心材料でした。
翌日、アガスティアの館に足を踏み入れた瞬間、私はその異様な光景に息を呑みました。
待合室には30人以上のインド人たちが自分の運命を知る順番を待ちわびているのです。
「みんな本気なんだ」
この時、私は初めてこの場所の真剣さを実感しました。
指紋採取から始まる葉っぱ探しは、まさに忍耐の連続でした。
男性は右手の親指、女性は左手の親指の指紋で個人を特定するというのです。
「本当にこれで見つかるのか」
不安がよぎりました。
1時間近く待った後、ようやく私の葉の束が見つかったと告げられます。
しかしここからが本当の試練でした。
「あなたの名前はロバートですか」
「あなたの職業は事務職ですか」
「妻の他に恋人がいますか」
次々と投げかけられる的外れな質問の数々。
「まったく違う!」と叫びたい気持ちを抑えながら、ひたすらNoと答え続けました。
3束目まで探しても私の葉は見つからず、焦りが募ります。
「もしなかったらどうしよう」
この瞬間ほど、自分の行動の無謀さを痛感したことはありません。
そして4束目、10枚目の葉でついに運命の瞬間が訪れます。
「あなたは芸術を学んだ」
「大学で写真を専攻した」
「1968年3月5日生まれ」
「父親の名前はけいじ」
「母親の名前はちえこ」
次々と的中する私の個人情報。
「信じられない!」
「なぜ全部わかるんだ?」
この時、私は全身に鳥肌が立つのを感じました。
しかし冷静に考えれば、これらの情報はネットで調べられるものばかりです。
「もしかしたら巧妙な仕掛けなのかもしれない」
そんな疑念が頭をよぎりました。
結局、運命の詳細を知るのは翌日へと持ち越され、私は複雑な思いを抱えながらホテルへと戻ったのでした。
この体験が私の人生にどのような影響を与えるのか。
それは次回のお楽しみです。
詳細
チェンナイのホテルで一晩過ごした私は、期待と不安が入り混じった複雑な心境で朝を迎えました。前日の出来事があまりにも衝撃的だったため、ほとんど眠れずに時計の針が進むのを見つめていました。アガスティアの葉が私の生年月日や両親の名前まで正確に言い当てた事実が頭から離れず、これは単なる偶然以上の何かではないかという思いが強まっていきました。翌朝、再びアガスティアの館を訪れると、前日とは違う読解者が待ち構えていました。彼は白い衣をまとった老練なブラフミンで、静かな威厳に満ちた雰囲気を漂わせています。私の葉を手に取ると、深い瞑想状態に入ったかのように目を閉じ、ゆっくりと内容を読み始めました。最初に告げられたのは私の健康状態についてでした。読解者は「あなたの体には火と水のバランスの乱れがある」と述べ、具体的に「胃腸の調子が不安定で、季節の変わり目に体調を崩しやすい」と指摘しました。これはまさにその通りで、私は長年、過敏性腸症候群に悩まされていたのです。さらに驚いたことに、過去の病気についても詳細に言及しました。「7歳の時に重い肺炎にかかった」という事実まで正確に言い当てたとき、私は背筋が凍るような感覚を覚えました。この情報は誰にも話したことのない個人的な体験だったからです。職業に関する予言も興味深いものでした。読解者は「あなたの手にはカメラを持つ運命の線が刻まれている」と言い、フォトグラファーとしての将来について具体的な示唆を与えてくれました。「3年以内に大きな転機が訪れ、水に関連した場所で決定的な作品が生まれる」という言葉は、後にフジフォトコンクールで受賞する海辺のシリーズを暗示しているようでした。人間関係に関する記述では、現在のパートナーシップについて「誠実な絆だが、波長のずれに注意が必要」と指摘され、これは当時交際中だった恋人との微妙な距離感を的確に表現していました。経済面では「40代後半に大きな収入の変動があるが、50代で安定する」と予言され、これは実際にフォトグラファーとして独立する時期の経済的不安と、その後確立される収入基盤を正確に反映していました。最も衝撃的だったのは、もちろん寿命に関する予言です。読解者は静かな口調で「84年の春、満月の周期が3回巡った頃に旅立つでしょう」と告げました。この具体的な表現に、私は言葉を失いました。それは単なる数字ではなく、季節や月の満ち欠けまで含んだ詳細な予言だったからです。アガスティアの葉にはさらに、人生の転機となる年齢がいくつか記されていました。35歳での転職、52歳での国際的な活躍、67歳での新たな趣味の開始など、私の人生の節目が克明に記されていたのです。読解の最後に、ブラフミンは深い慈愛に満ちた眼差しでこう付け加えました。「葉に書かれた運命は絶対ではありません。あなたの選択と行動によって変化する可能性を常に秘めています。」この言葉が、運命論的な諦めではなく、主体的な人生の歩み方を促すメッセージとして心に深く響きました。2時間に及んだ読解を終え、館を出たときの私は、まるで別世界から戻ってきたような感覚に包まれていました。頭上にはチェンナイの強い日差しが降り注ぎ、街の喧騒が再び現実世界へと引き戻してくれるようでした。この体験が単なる興味本位の冒険ではなく、人生の深い洞察をもたらす旅となったことを、そのときはまだ完全には理解できませんでした。

まとめ
チェンナイのホテルで一晩過ごした私は、期待と不安が入り混じった複雑な心境で朝を迎えました。前日の出来事があまりにも衝撃的だったため、ほとんど眠れずに時計の針が進むのを見つめていました。アガスティアの葉が私の生年月日や両親の名前まで正確に言い当てた事実が頭から離れず、これは単なる偶然以上の何かではないかという思いが強まっていきました。翌朝、再びアガスティアの館を訪れると、前日とは違う読解者が待ち構えていました。彼は白い衣をまとった老練なブラフミンで、静かな威厳に満ちた雰囲気を漂わせています。私の葉を手に取ると、深い瞑想状態に入ったかのように目を閉じ、ゆっくりと内容を読み始めました。最初に告げられたのは私の健康状態についてでした。読解者は「あなたの体には火と水のバランスの乱れがある」と述べ、具体的に「胃腸の調子が不安定で、季節の変わり目に体調を崩しやすい」と指摘しました。これはまさにその通りで、私は長年、過敏性腸症候群に悩まされていたのです。さらに驚いたことに、過去の病気についても詳細に言及しました。「7歳の時に重い肺炎にかかった」という事実まで正確に言い当てたとき、私は背筋が凍るような感覚を覚えました。この情報は誰にも話したことのない個人的な体験だったからです。職業に関する予言も興味深いものでした。読解者は「あなたの手にはカメラを持つ運命の線が刻まれている」と言い、フォトグラファーとしての将来について具体的な示唆を与えてくれました。「3年以内に大きな転機が訪れ、水に関連した場所で決定的な作品が生まれる」という言葉は、後にフジフォトコンクールで受賞する海辺のシリーズを暗示しているようでした。人間関係に関する記述では、現在のパートナーシップについて「誠実な絆だが、波長のずれに注意が必要」と指摘され、これは当時交際中だった恋人との微妙な距離感を的確に表現していました。経済面では「40代後半に大きな収入の変動があるが、50代で安定する」と予言され、これは実際にフォトグラファーとして独立する時期の経済的不安と、その後確立される収入基盤を正確に反映していました。最も衝撃的だったのは、もちろん寿命に関する予言です。読解者は静かな口調で「84年の春、満月の周期が3回巡った頃に旅立つでしょう」と告げました。この具体的な表現に、私は言葉を失いました。それは単なる数字ではなく、季節や月の満ち欠けまで含んだ詳細な予言だったからです。この瞬間、部屋の空気が一変したように感じられ、時間が止まったかのような感覚に襲われました。読解者はさらに続けて、その時期の健康状態について「呼吸に関連した穏やかな旅立ち」と付け加え、苦しみのない最期を暗示しているようでした。すべての読解が終わった後、私はしばらく椅子から立ち上がることすらできませんでした。頭の中は混乱と納得が入り混じり、これからの人生の見方が根本から変わることを悟りました。館を出ると、チェンナイの喧騒が以前とは違って聞こえ、すべての音が遠く感じられました。この体験を通じて、アガスティアの葉が単なる占いではなく、数千年の時を超えて伝えられた人類の運命記録である可能性を強く感じ始めていました。確かに84歳という寿命は気にかかる数字ですが、同時に残された時間をどう使うかという問いを突きつけられたようにも思えました。帰国の飛行機の中では、これまでの人生とこれからの選択について深く考える時間が持てました。この予言を単なる運命として受け入れるのか、それとも自分自身の手で未来を切り開いていくのか、その答えはまだ見つかっていません。しかし一つ確かなのは、このインドでの体験が私の人生観を根本から変えたということです。
この記事については以下のリンクをご覧ください:


コメント